深夜の警察官職務質問~奥州街道(4-210) [奥州街道日記]

TS393490.jpgTS393490完全に日が暮れた街道
TS393491.jpgTS393491街道の電光掲示板(盛岡87km、北上39km、奥州市20km)
TS393492.jpgTS393492雨の中芝生らしきゾーン発見!

完全に日が暮れてしまった。
テント予定地はまだ見出せていない。

さきほど不安な気持ちなど生じないと言ったが、やはり人のいない街道を一人で歩きながら、宿もない状態では心細くなる。

強がりは、お日様が当たっているときだけ通用するものらしい。

街道の道路交通標識に奥州市20kmの表示が出てきた。
先ほどのは「直進 平泉」と出ていたが、ここでは「平泉」の表示が消えている。
つまり、この暗がりの街道は既に平泉市に入っている可能性が高いと言えよう。

奥州市は、平泉から見れば生活圏内にある北の町になるということだ。

とある旅館街に差し掛かったとき、その前にあるバス停の向こうに広く手入れされた芝生エリアが広がっているのが見えた。
バス停は観光バスが10台ほども止まれるくらい大きなロータリーを有していた。観光ターミナルバス停なのだろうか。
今は人っ子一人いない。

そのバス停付近だけが照明で明るいから、その辺りが芝生エリアであることが確認できた。

時計を見ると、午後8時30分である。
そろそろここの芝生でテントを張ろうかと、半分気持ちが固まりかけていた。
歩行速度を落として、どの芝生の傾斜地にテントを張ろうかと物色を始めたときだった。
誰もいないはずの白熱灯に照らされたバス停の奥に人影が動くのが見えた。

バス停のまん前の旅館のご主人らしき中年紳士が、外の自動販売機にジュースを買いに来たようだが、ちらっと私のリュック姿に目をやり、やがて何もなかったかのように旅館の中へ消えて行った。

そのことはそれで終わった。
そのはずだったのだが、ひょっとして私はその後その旅館の中の人々の話題の主になっていた可能性がある。

そう思われる出来事が、そのずっと後に起きることになる。

旅館のおじさんにちらっと姿を見られたことから、私のテント設営気力は急速に失われていった。

人に見られなかったらテントを張るが、わずか一人にちらりと見られただけでテント設営を中止する。

実にその程度の、希薄な意志決定なのであった。
やはり人気(ひとけ)のある場所ではテントを張りづらいと内心では気にしているのである。

かといって、誰もいない山の中では獣怖さになかなかテントを張れない自分がいるのである。

一体私は人が嫌いなのか? それとも人が恋しいのか?

街道歩きで100泊もテント泊を体験した私だが、いまだにこうして人目を気にしつつテントを張るという事実がある。

素人の人がいきなり街道歩きでテント泊を躊躇することも当たり前であるし、「当然の迷い」なのである。

大いに迷うことを楽しもうではないか。

街道歩きとは「大いに迷うこと」なのである。
そういう意味では「人生」と同じである。

ぶつぶつ文句を言いながら、おろしかけたリュックを再び背負って、きれいに整備された芝生ゾーンから離れて、街道を先へと進んだ。

10分ほど歩いていると、急にパラパラと雨脚の強い雨が降ってきた。

「夏の夜の夕立」である。

私は突然の雨によって、テントを張る場所を即座に決めた。
決めざるを得なかった。

「さっきあきらめた、あのバス停の芝生へ行く!」

決断は速かった。
すぐさまユーターンして足早に街道を戻っていく。
先ほどの芝生エリアの中で一番こんもりと高くなった付近にテントを広げ、中へともぐりこんだ。
高い方が水溜りが出来にくいのである。

決心が速かったこともあって、殆ど服は濡れることなく済んだ。

服を着たままシュラフの中に潜り込んで寝た。
寝入ったあとで何かあったときには、急いでテントを仕舞いリュックを背負って退却できるよう、リュックの中身はできるだけ外に出さないままにしておいた。

テントの雨音がザーザー聞こえる。
雨音が段々遠くなる。
……。
私はやがて深い眠りについた。

2時間ほど寝入ったころである。
午後11時過ぎであった。

私は仰向けにシュラフの中で寝ていた。
私の足の脛の部分を拳骨で軽くこつんこつんと叩く感触で目が覚めた。

テントの入り口から頭部を遠く置いて寝ていたので、テント入り口の布を開けて手を突っ込んできた人物(或いは獣か?)が最初に遭遇したのは私の脛であった。

五街道を歩き通したあの「二本の脛」である。

もし頭を入り口においていれば、最初に頭を食われるはずだ。
足なら失っても生きてはいける。

そんな考えから、私は頭をテントの奥へ置いて寝るようになっていた。

「もしもし、ここはテントを張れる場所ではありません! 早く移動してください。」

暗がりの中から聞こえるその声は、獣ではなく人間である。
寝ぼけ眼(まなこ)のまま腹筋で上体だけ持ち上げてテントの入り口方面を見てみた。

懐中電灯のまぶしい「白い光の大きな球」だけが光って見えるだけだ。
それ以外は真っ暗である。

ヒッチコックのサスペンス映画に、暗がりで突然懐中電灯を照射されたときの人間の恐怖心を表現したシーンがあるが、あれによく似ている。

「警察のものです。いつからここで寝ているのですか? ご近所の方から不審者が中尊寺の門のまん前でテントを張っていると通告があり、巡回にきました。」

「ああ…、あの旅館の親父か、その女房が警察署に通告したのだな。」

まだ寝ぼけている頭のままで、私はそういうことを考えていた。

「奥州街道を東京から歩いて来ているのですが、さきほど雨が急に降って来たので応急的にテントを張ったものです。早朝4時までには撤収する予定です。」

私は上体を起こし、まぶしくて相手の顔は見えないけれど、わずかに認識できた警察帽の庇(ひさし)に向かって、きっぱりとそう言った。

「そうですか。わかりました! では、お気をつけて行ってらっしゃい。失礼します。」

声からすると彼は若い警察官である。
彼の敬礼する右手の指先だけが、真っ白い照明の球の左上に見えた。
依然として彼の顔は見えないままである。

テントの入り口の布がパラリと閉められ、警官は去っていった。
パトカーのドアがバタンと閉まり車が去る音がする。
ドアの音が一回だけだったから、あの警察官は単独でこの不審者の寝るテントを訪問したのである。

私は目覚まし時計に4時のアラームをセットし、かの警官との約束通り早朝4時に撤収する約束を守ろうと思った。

彼に会うまではそんな思いは毛頭なかった。
朝日がまぶしくなるまでゆっくりと手入れされた芝生の上で寝るつもりだった。

しかし、寝ぼけ眼のままであるとは言え、若き警察官と約束を交わしたのである。
その約束は守らねばならない。

彼もその約束を確認して、街道歩きの小生に敬意を表して敬礼をしてくれたのだった。

約束を交わすときに、お互いの真心というものがある。
約束は守られねばならない。

再び心地よい眠りについた。

そうかここら辺りは平泉だったねえ。
門前か。
ここは中尊寺だったのか。
……。

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