自由とは何か?(2) [奥州街道日記]

freedom.jpg民衆を導く自由の女神(ウジェーヌ・ドラクロワ,1833年)(自由(Wikipedia)より引用)

以前書いた「自由とは何か?」という記事の続編である。

白い杖のいつもの女性を今日歩道で追い越そうとした。
パラパラ小雨が降りだしたから、彼女は既に右手に杖を、左手に傘をさしていた。

私は鞄の中に折畳み傘を持っているがまだ傘はささないでよい。
その程度の雨だ。

海側からやや強い風がたまに吹き付ける。
白い杖の動きに注意しながらその左側をいつものように追い越しかけた。

いつもと違い白い杖の女性は右へ斜めに歩いた。
あまり右へ行きすぎると車道に出て車に当たるから危ない。

だがすぐに方向を修正した。

今度は左に寄り過ぎてコンビニの看板すれすれを歩いたが、何とかぶつかることなく通り過ぎた。
私は追い越しながらも速度を緩めて左右にゆれる彼女のやや後ろを注意しながら歩いた。

瞬間の判断で追い越すのをやめたのである。
もし危ないならば彼女に声をかけねばならないが、なんとか三メートル幅内でのゆるやかな蛇行で済んでいる。

やがて青色信号が点滅をしてから赤になった。

そこへ大通りを横断歩道を通って右手から自転車に乗ったおじさんが私と彼女の間に入ってくる形で横からやってきた。
彼女の白い杖を発見したのか、あるいは隙間が狭いので通過できないと読んだのか、おじさんは急にブレーキ音をきしませながら減速し、彼女の右斜め後ろで停止した。

私たちの進む方向の歩行者信号は赤だから、彼女も私も信号機の前で止まって立っていた。

そこまではよかったのだが、おじさんは止まった自転車から右足を地面に降ろそうとしたように見えた。
しかし、足が地面に届くのに時間を要したために、ゆっくりとスローモーションで右のサツキの植え込みの中へ頭を入れる形で倒れていった。

完全に倒れれば、歩行者から大丈夫ですか?と声をかけられたことだろう。

しかし、運悪くおじさんは頭を歩道の植え込みの茂みに当てたところで右足が地面に着いた。

「おっとっと」と何とか斜めになる自転車を右足と左手のハンドルで支えながら、横倒しにならずに斜めのまま静止した。

倒れてしまったのではないから、歩行者たちは人の過失行為を見てみぬ振りををした。
私も右斜め前方の叔父さんのこっけいな姿が視界に入っているが、それを凝視するような失礼な行為は慎んだ。

そのため斜め45度に傾いたままのおじさんは3~4秒間しばらくそのままの姿勢でいることになった。
本人は必死で力を入れて起こそうとしているのだが、自転車の重量と彼の馬力が妙にバランスしてしまって姿勢が動かない。

おじさんの頭は頭頂部から頭の半分が禿げている。
裾野に薄い毛が残っている程度である。

その剥げた頭の部分に、枯れた植え込みのサツキの小枝が当たったままである。
頭皮に凹みまでできているかは見えないのでわからないが、痛いだろうなあという想像はつく。

「怪我なくて(=毛が無くて)よかったですね。」

どこからともなく、そういう日本語のフレーズが私の脳裏に浮かんできた。

時間にして全部で5秒間のシーンであるが、内容は濃かった。

周囲にいた10名程度の歩行者は横目でちらりと見ながら、私と同じことを考えたに違いない。

やがておじさんは必死の形相のまま自転車との綱引き勝負に勝って、誇らしげに再び自転車をこいで左へと去っていった。

白い杖の彼女には、その中身の濃い古典劇のシーンは見えていない。
彼女の右手斜め後ろでなにやら自転車らしい音と、おじさんが足で「とっとっと」と地面をける音だけが届いていることだろう。

おじさんかおばさんかも彼女にはわからない。
嗅覚が発達していれば額の油や加齢臭により年をとったおじさんということは感じることができるかもしれない。
しかし、禿げていることまではわからない。

だから滑稽さは決して彼女にはつたわらないのです。

おじさんにとっては、おじさんの恥に上塗りするような冷ややかな視線を与えなかったのはあの白い杖の彼女だけだったことになる。

私は待っていた歩行者信号が青に変わってから、今度は彼女を追い越して行った。
そして、今日はなぜ彼女がいつものように真っすぐ歩けないのか、その理由を考えている。

私にとってはいつもと変わらない歩道の環境だが、彼女にとってはおそらくいつもと違う環境なのだろう。

体調が悪いケースも考えられるが、そういう場合は休む可能性が高いはずだ。
今日の南風はやや強いが、体を煽(あお)るほどではない。
雨もぽつり程度だ。

左手に傘をさしているのはいつもと大きな違いだ。
鞄は左肩から提げているが、小さい軽そうなものだ。
傘をさしているからといってそれほど方向感覚が狂うはずもないように思われる。

しばらく考えていて気づいたが、歩道にはいつもより歩いている人が少ない。
10メートルの長さの中に平均で3~4名しかいない。
いつもは同じ区間に平均で10名くらい入っていて、若い女性たちがベチャクチャ話をしながら歩いている。

しかし今日は静かだ。
夏休みが始まったので、学生たちを中心とする若者たちが東京から消えているのだった。
彼らは夏に疎開したのだ。

白い杖の女性はまだ杖が不慣れのように見える。
いつもは人の話声の流れる方向で歩道の直進方向を判断していたのであろう。

若者たちはヒートアイランド戦争から逃避してしまった。
本当は彼等が一番自由な人々なのだろう。
お小遣の不足という不自由さえ我慢すればだが。

調べてみると、白い杖は地面を叩いて反響音で地面の性質を知るような使い方をするそうだ。
夏休みになり歩道を歩く群集の密度が急に減ったために、彼女の耳には聞き慣れない反響音が返っていたのだろう。
それが彼女の方向感覚を微妙に狂わせていたものと推測される。

『白杖(はくじょう)とは視覚障害者が歩行の際、路面状況を触擦し、又、ドライバーや他の歩行者、警察官などに注意を喚起して、視覚障害者が安全に街路を歩行するために使用する白い杖をいい、外観は直径2cm程度、長さ1mから1.4m程度のものが一般的である。

概要
これらは木や竹、軽金属等の各種素材で作られるが、近年ではグラスファイバーやカーボンファイバー等を用いた丈夫で軽量な繊維強化プラスチック製など、非金属製のものが多い。

なお先端で物を叩く音により、周囲を認識するためにも用いられるため、石突(先端部)は一般的な歩行補助器具としての杖とは違い、滑り止めのゴムなどは取り付けられておらず、硬質の素材(金属やプラスチックなど)となっている。

身体障害者福祉法や福祉用具の分類では盲人安全つえという名称で呼称されている。

色は、白い杖と黄色い杖がある。ものによっては地面側20センチくらいが赤色に塗装されているものもある。

またその役割には他に、障害物や危険からの防御の目的や、存在を周囲に知らせるためというのもあり、特に 「存在を周囲に知らせるため」に関しては、結果的に周囲の援助が自然に受け入れられることにも大きな意味がある。

又、そのような理由により夜間に車両から視認しやすいよう、反射材を巻き付けてある製品も多い。

中世で視覚障害者が歩行の際に使用していたと思われる細い竹の棒に代わるものとして使われている。

英語ではケーン(Cane:【意味:葦(あし)・さとうきび、のような中が中空になっている植物】)と言うがこれは杖の形態を表したものといえる。
これらは中空となっていて軽く、また適度に固いために地面を叩いた時と石を叩いた時で明らかに音が違う。

今日の白杖も、同様に使用者に通路の様々な情報を、音によって与えている。

白杖のはじまり
昔から、盲人にとって、杖は歩くためには欠かせない道具であったが、現在のように、白くて光沢のある塗装を施した杖が考え出されたのは、第一次世界大戦以後のことである。

イギリスのブリストルの写真家 James Biggs は、事故により失明した。
増加する交通量に家の周りを歩行することにも不便を感じていた彼は、杖を白く塗って見えやすくした。

フランスのある警察官の婦人だったen: Guilly d'Herbemontは、1931年頃、自動車の増加に伴って、視覚障害者が交通の危険にさらされているのを見て、夫の使っていた警棒からヒントを得て、現在の形の物を考えつくとともに、視覚障害者以外の人が白い杖を携行することを禁止させたという。』(白杖(Wikipedia)より)

白い杖が正式には白杖(はくじょう)ということをはじめて知った。
杖の中は空洞になっていて、硬い先端部品で地面を叩いて、土かコンクリートか、木の橋かなどを音の反響で確かめているのだった。

英語ではケーンと呼ぶそうだが、日本語では薄情と同じ音(おん)であるのが少し気になる。
ぜひ暖かい目で白杖(はくじょう)を持つ人を見守るようにしたい。

世界で共通の仕組みのようであるから、日本でも「ケーン」で統一し、その杖の持つ意味や歴史や構造を小学生教育の中でしっかりやっておく必要がある。

私のように年をとって初めて気づくようであれば、これまでケーンをもつ人を幾度肩で弾き飛ばして来たかもしれない。
気をつけているのと、突然発見するのでは、こちら側の応対や態度にも温度差が生じるのである。

同様の学習は視覚以外の身体障害を持っている人についても小学生のころからしっかり理解させておく必要がある。

それは単なる学習知識ではなく、人々が共生していくための必要な深い「知恵」である。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。