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原爆炸裂の絵「明日への神話」 [つれづれ日記]

P1090612.jpg0612(通行人たちと「明日への神話」)
P1090613.jpg0613(同上)
P1090614.jpg0614(同上)
P1090615.jpg0615(同上中央の燃える人間)
P1090617.jpg0617(燃える人間の絵の下を歩く生きている人間)


京王井の頭線渋谷駅の連絡通路壁面にその絵が設置されたニュースを以前見た。
故岡本太郎さんが制作した巨大壁画である。

世田谷散歩の帰路、私は渋谷で下車する必要はなかったのだが、絵を見るためにわざわざ下車した。

昔永福町駅から大手町へ通勤していたので、この空中廊下は私には懐かしい。
すっかり新しい装いに変わっており、月日の変化を感じた。

壁面いっぱいに広がるほど、その絵は大きく長く描かれていた。
縦5.5メートル、横30メートルもあるそうだ。
この絵には「ヒロシマナガサキ」という別の名もある。

パブロ・ピカソは『ゲルニカ』を描いている。
ドイツ軍(ナチス)によるスペイン北部の古都ゲルニカ爆撃の残虐さを表現した。

そのことから、この作品を『原爆版ゲルニカ』と呼ぶ人もいる。

作品の恒久的設置場所として、広島市、渋谷区、大阪府吹田市の3地域が選定候補にあがり、最終的にはJR渋谷駅と京王井の頭線を結ぶ屋内連絡通路に設置する「渋谷区案」が採用された。

私は広島市に4年間住んでいたことがある。
なぜ広島ではないのだろうか、とその報道に疑問を持っていた。

選定理由と広島市民の落胆の声が山陽新聞のサイトに出ていたので抜粋する。

『選定理由には、1日30万人が行き交う活気ある場所で多くの人を刺激する可能性がある。
ガラス越しでなく直接見られる。
渋谷駅付近は「日本の顔」として高い情報発信性を持つ。
―が挙げられた。

受け入れ態勢についても、既に設置可能な具体的な場所があり、費用も確保済みであることが評価された。

平野氏は「被爆地の広島はコンセプトが明快で作品のついのすみかとして最強の条件を持ち、難しい選択だった。
早い段階で誘致に名乗りを上げた広島の人たちに、勇気付けられた。心から感謝している」と話した。

広島落選「残念」「なぜ」

新たな平和のシンボルに―と、被爆地として「明日の神話」誘致を市民ぐるみで進めてきた広島市では、「落選」の報が伝わった18日、関係者から「残念」「なぜ」と落胆の声が上がった。

3万7035人の署名を集めた市民団体「岡本太郎『明日の神話』広島誘致会」(高橋正敏会長)。
広島市内でこの日、会合を開き吉報を心待ちにしていたが、落選を知り会員は肩を落とした。

若狭利康副委員長は「多くの市民が期待していただけに、とても残念。
会の活動は終わるが、渋谷区への設置前に壁画を一時的に招くなどの取り組みをしたい」と無念の表情。

平和記念公園を散策していた同市内の主婦(60)は「反戦、非核を訴える壁画は広島にふさわしいはず。なぜ選ばれなかったのか」と驚きを隠さない。

同じ被爆地・長崎市の支援を受け誘致活動を展開してきた秋葉忠利市長は「市民の思いが通じず残念。
岡本太郎氏が壁画に込めたメッセージが多くの人に伝わることを願っている」とのコメントを出した。』
http://www.sanyo.oni.co.jp/sanyonews/2008/03/19/2008031909553443011.htmlより抜粋終わり)

現場に立ってみて、岡本太郎の願いがわかったような気がした。

広島、長崎の皆さんも是非上京したら、ここに立ってみてください。

岡本太郎はこの絵を広島や長崎で描かずに、メキシコで書いた。
世界の人に見てもらいたかったのだろう。

渋谷の歩行者の数は国内でももっとも多いだろう。
日本人だけでなく、英米仏他多くの外国人も歩く。

私は意識的に歩行者の姿と「明日の神話」(絵)を一緒に撮影した。
移動する人間の像はボケているが、生き生きとしている。
絵の中の人間は燃え盛っている。

広島、長崎の人々も「あの日の朝」は、渋谷の歩行者と同じように生き生きと歩いていた。
しかし、一瞬の後、全身が燃え盛ったのである。

人間の意思決定の過ちにより、普通の人間が次の瞬間には「こう」なるのである。

岡本太郎氏も生きている人間とこの絵を重ねてみてもらいたいと考えたのではないだろうか。
広島・長崎の人は絵や写真では表現できないほどの苦しみを体験し、今も伝え続けている。

しかし、原爆を落とす過ちを行う人は広島や長崎の人々ではない人間たちである。
原爆の痛みを本当に知らない我々こそ、この絵を何度も何度も見て、自戒しなければならないのだ。

ある広島原爆投下慰霊祭の朝、私は吉島行きのバスの左側の椅子に座っていた。
あの夏の日と同じように、朝日が左手をギラギラと焼いている。

全身火ぶくれになった人々はまともにこの紫外線を肌で受けたのである。
通勤途中の健康な私の肌でさえ、真夏の朝の光線は肌を刺激して痛い。
衣服も焼け落ち、全身裸で彼らはこの朝日を浴び続けるしかなかった。
樹木も家屋もすべて破壊されて消えていた。

焼け爛れた彼らも、渋谷を歩く皆さんのように、普段通りに歩いていたのだ。

私とオウム [つれづれ日記]

東大准教授の伊東乾(けん)さんの文章が好きなので、正月から彼の著書「さよならサイレントネイビー」を読んでいます。

昨夜までに下記抜粋の段まで読みました。あと1/3残っています。
昨夜読んだ最後の下りが印象的でしたので、最下段に掲載します。

わたし自身が「オウムを生み出す側にいた」し、「今もいる」ことに気付くことができました。
この本を読まなければ、そういう認識には生涯なれなかったと思います。

数ヶ月前に旧知の友人から頂いたメール文の中にこの書籍名がありましたので、昨年暮に買ったものでした。
まさかこれを読んで、「私自身の課題」が見えてくるとは思ってもいませんでした。

企業内のさまざまな問題もT大物理学科の問題と基本原理は同じであり、極めて日本人的かつ民族特有の問題に帰結されると思いました。

朝鮮半島にはそれにやや似ている問題が民族の類似性からあろうかとも想像しますが、それ以外の国にはない「日本人固有」の条件下の問題だと思いました。

この書籍名は日経bpの伊東先生の記事を愛読していましたので、以前から知っていました。しかし書籍の内容は全く知りませんでした。

先の友人との懇談の際に、友人の身内が類似の被害にあったことがあると聞いたのが私の身近な体験となり、この本の購買動機が高まったのでした。

私が本を読み始めたのは、尊敬する友人のことを少しでも理解しようとの不遜な動機でしたが、読んでみると予想に反して「私自身の問題の根源」を理解するために大変役立っています。

通勤電車内で座って読んでいますと、あっというまに目的駅についてしまいます。
それだけ本の内容に私が夢中になっているということです。

途中までの読書感想ではありますが、中間報告としてブログに書きました。

[p224の最後の文章を抜粋]

『「われわれが内なるオウム」。
それに恐れることなく向き合うこと。
かつてではなく今、そして未来のために、知らずして病んでいるかも知れない「私自身」の治癒のために何が必要なのか。』(「さよならサイレントネイビー」より)

神田明神様 [つれづれ日記]


7796(門前の天野屋)

7797(旧中仙道)

新年明けましておめでとうございます。
会社帰りに恒例の神田明神様におまいりしてきました。

挨拶周りのあとで午後4時ころについたのですが、例年より人が少なく感じました。
例年の半分か1/3程度に感じます。

ひとつは出店の活気がないことです。
買い物をせずにお参りだけして客が帰っていくからでしょう。
また、参拝するのに並んでいつも順番を待つのですが、今日は10列程度ならべばお参りできました。
いつもは門前まで50列くらいは並んでいたと記憶しております。

商売繁盛の神様なので、不況には強いのではないかと思いますが、さすがの神様も100年に一度の金融不況にはお手上げなのではないでしょうか。

参拝のあと、いつものように鳥居そばの天野屋で温かい甘酒(350円)を立ち飲みしました。
どうやら口が味を記憶していて、神田明神に来ると口が落ち着かなくなるのです。
甘酒を飲みながら、江戸時代から残っている天野屋の玄関先の風情を眺めていますと、
最近の立て札のようですが「旧中仙道」という文字が目に入ってきました。

ここ神田明神様の鳥居のそばを中仙道が通っていたのか!

私が3年前に旧中山道を京都三条大橋から江戸日本橋までつなぎで歩いたとき、本郷の東大赤門を過ぎてから以降は旧道の場所がわからなくなったことを思い出しました。

一応案内地図は持っていたのですが、田舎の旧道と本道の区別ならわかりやすいのですが、都内へ入ると道路が錯綜しており、旧道がバラバラに切られているようで迷ってしまったのでした。

結局、広い通りを歩いて三越前をとおり日本橋へと帰ってきました。

懐かしさもあり旧中仙道の様子を写真に取りましたが、今ではただの裏道に過ぎない風景になってしまっています。

江戸以前の日本人の主要交通手段ですので、都内の旧五街道跡はきちんと整備して後世に伝えて行きたいものだと思いました。

以前はこの旧中仙道の看板に気づきませんでした。
自分が歩いたから、印象に強く残ったのか、あるいは最近天野屋の主人が旧道の大切さを思って看板を立てたのか、定かではありません。

紙コップの甘酒を飲み干すと、これも例年通りですが、指に甘酒の汁が付着してネバネバしてきました。

私には、この一連の動作により「江戸の正月が来た」という気持ちになれるのです。

今年もよろしくお願いいたします。

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