青年の死の謎~長州(22) [萩の吉田松陰]

SH3B0071.jpgSH3B0071指月山とシュロ

私は勤務先の都合で17年間、伊藤博文の生まれた町の隣町に住んでいた。
市町村統合でいまは同じ町になっているという。

多感な青春時代に独身寮の布団の上で司馬遼太郎の「龍馬がゆく」を読んだ。
そこで龍馬や晋作にあこがれた。

晋作の師匠であった吉田松陰には作品の中の高杉晋作を通じて尊敬の念を抱いていた程度である。

30年ほどたって、同じく司馬遼太郎の書いた「世に棲む日々」を読んだ。
吉田松陰その人が出てきて、私の中の松陰像がはっきりと見えてきたような気がした。

史実を知りたいと思い、明治以降に書かれた「維新前夜の証言に基づいた著述」もいくつか読んだ。

徳富蘇峰著「吉田松陰」はその思想的背景と松陰の存在に関する歴史的意味について詳しく論じられていて参考になった。

吉田松陰への傾倒はそれで終わっていた。

あるとき、東海道と中山道を歩き終わって、ふと趣味の空間がぽっかり空いた時期があった。
亡き父母の鎮魂の意味で街道を歩いていたのだが、当面の課題を乗り越えてしまい、それ以降の目標を見失っていたのだった。

暇をもてあます日々の中で、東京にある長州藩士ゆかりの地を訪ねようとした。
長州藩、山口県は、私の青春時代と重なるから、自分探しの旅のような気がしたのである。

脳内知識をさっと検索すると、我が家から歩いて行けそうな距離に松陰神社があることが浮かんだ。

以前車で行ったことがあったからだ。

数時間歩いて松陰神社に参拝した。
その本堂の左隣に松陰の墓があるという。

古く大きな楓の木が二本、その周辺は松の木が風にそよいでいた。
松と真っ赤に色づいた楓、「松楓(しょうふう)」の光景はとても印象的だった。

お参りに行くなら11月半ばの紅葉の時期をお勧めしたい。

多くの志士や家族たちの墓石群の中に、ほぼ正面真ん中と思しき位置に、みんなと同じサイズの小さめの墓石に吉田松陰と刻んであった。

この墓の遺骨は、高杉晋作、伊藤修輔(博文)他数名で南千住の回向院から回葬してきたものである。

そのとき高杉晋作は馬に乗っていた。

まだ幕府が存在していた時期であるが、将軍だけが渡ることができるという上野の御成り橋のど真ん中を、馬に乗ったまま晋作は逆走して渡り、松陰の遺骨を南へと先導している。

当然のことだが、橋の守番は槍を構えつつ馬上の晋作に近づき降りろと言った。

徳川家の面子に泥を塗る行為をわざわざやって、晋作は師の遺骨を世田谷まで運んだ。

この不法行為が何のお咎めなしに行われた様子を見て、江戸庶民は徳川幕府崩壊の時期を予測できたのではないだろうか。

その晋作の危険すぎる行為は、徳川幕府により罪人として斬首された松陰の遺骨を士分の身分を回復して正式に回葬するという深い意味と、倒幕の気迫をデモンストレーションするという意味を持っていた。

途中、晋作らは毛利藩中屋敷にて休憩している。
今の六本木ミッドタウンがその地である。

ミッドタウンの玄関先に長州藩の仲間や弟子たちが沢山出てきて、遺骨へ向かい合掌したはずである。

私も松陰の遺骨を運んだルートを実際に歩いてみた。

そして、高杉晋作が松陰の遺骨を埋めた場所が、世田谷の太夫山の麓にある大きな楓の木の根元だった。

「太夫」は毛利大膳太夫元就の名に由来し、その地は毛利氏が所有している土地だった。

律令制の大膳職(だいぜんしき)の長官が大夫(だいぶ)であり、「だいぜんだいぶ」と読むそうだ。
(「官位の大膳大夫の正しい読み方書き方」を参照した。)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1129787576

当時は、カラスが鳴くだけの人気(ひとけ)のない山奥の田畑の間であった。

私は松陰の墓の前に立って、なぜこの青年は若くして江戸で斬首されたのだろうと自然と疑問を感じた。

黒船へ密航を企てて死刑になった。
間抜けな侍。

そういう軽薄な理由ではなく、歴史の陰に隠れている本当の理由があったのではないか。
そのことを知る意味もあって、松陰も歩いたという奥州街道歩きを始めることにした。

長州といえば途方もなく江戸から遠い地方である。

そこで育った一青年の言動が幕府大老井伊直弼を震撼とさせたということが不思議でならなかった。

私もその村や町で青春時代を送ったから、余計にその事実に疑問を感じたのである。
普通にあの町であの村で育っておれば、そんな大それたことを考えるはずがないのだ。

今、萩の「吉田松陰生誕の地」に立ち「シュロの木と指月山の風景」を見ながら、その当時感じていた謎が次第に氷解していくような快感を感じている。

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